2012年4月16日月曜日

RIETI - 第2回「企業統治改革はいかに進み何をもたらしたか?(前編)−企業統治の内部構造改革と市場環境の変化−」


経営者を交代させるトリガーを誰がひくのか?

宮島:
企業統治の重要な要素の1つとして、企業の業績が悪くなった時に、一体誰がトリガーを引いて経営者を交代させるのかという点が挙げられます。日本の企業は、もともと銀行中心のシステム(メインバンクシステム)で、20年ほど前までの日本では銀行の力が強かったため、企業の業績が悪くなると銀行が介入し、経営者を更迭するという仕組みでした。この仕組みについて、昨今、どのような認識をお持ちですか? また、現在、こうした「メインバンクシステム」が変化してきたということを前提にした上で、今後、日本企業のガバナンスシステムは、どのような方向に向かっていったら良いとお考えですか?

立岡:
歴史を振り返ってみると、メインバンクシステムは、90年代に金融市場の規制が変わる以前のレジームのもとで成立したという側面が多分にあります。また、企業のガバナンスシステムの在り方の議論には、会社法や金融商品取引法だけではなく、さまざまな要因が絡んできます。たとえば、金融のインフラや労働市場環境、更には、日本の産業が伸びている強みが何を源泉にしているのかといった要因です。こうした社会的な環境や他の要因との関係で、メインバンクシステムの機能が規定されたという部分があったわけです。このような背景において、銀行がある種の「レント」を得る中で、顧客のモニタリングを入口から出口まで行うことは、それなりの合理性があったということだと思います。このように考えると、金融ビッグバ ンが起こったことだけではなく、たとえば、労働法の関係が変わってきているわけで、メインバンクシステムは好むと好まざるとに関わらず、変わらざるを得なくなってきているといえます。

しかし、その一方で、メインバンクシステムが完全に変わったかというと、産業再生機構を始めとする、近年の企業再生プロセスを見ても、ある種のメインバンクのファンクション(機能)が残っているところは当然あるといえると思います。

株式の持ち合い関係が崩れていき、これまでの関係依存型の状態よりはるかに資本市場あるいは投資家、株主からの企業のガバナンスへの関心が高くなっている状況を踏まえると、メインバンクシステムの代わりに投資家や株主が、企業のガバナンスに対して、徐々に重い役割を持つようになってきているだろうというのが、1つの方向だと思います。

ガバナンスというのは、究極的には業績が悪くなったときに、経営者を交代させるような最後のトリガーを誰が引くのかというところだと思います。他方、事業面から見れば、事業経営のリスクをどう取りにいくか、リスクを取った結果、その展開がどうなるか、結果どのようになったか等々、いろいろなステージがあるわけです。米国などは、そのリスク機能が分化しています。しかし、日本は、そのリスク機能の部分をメインバンクが一手に担ってきた。しかし日本でも、今後は徐々に分権化されていく可能性があるわけです。そこで、企業のガバナンスのシステムは、さまざまな主体の相対のシステムとして、どう考えるのかという話として捉えなければいけないと思います。


税金とサービス料を見つけるためにどのように

機関投資家がもたらす「コスト」と「ベネフィット」

宮島:
今、審議官がおっしゃったように、日本の経済社会の大きな変化というのは、マーケットの評価の重要性が上昇したということです。ですから、業績が悪くなった時に、誰が経営者を交代させるようなトリガーを引くかという問題があります。もう1つは、企業に対する投資プロジェクトで、誰がその企業の将来の収益性が高い、というような判断をするかということです。かつては、それを銀行が判断しました。しかし、現在は資本市場がそれを判断している。その意味では、企業の内部はともかくとして、企業と投資家との関係、あるいは、企業と資金提供者との関係は、この20年ぐらいで非常に大きく変わってきている。基本的な認識として、このような関係が市場ベースの仕組みに変わってきているということは、たぶん共有され� �つある認識です。

そうすると、次に問題として出てくるのは、機関投資家や外国の個人投資家の役割をどのように考えるかということです。機関投資家や外国人投資家の役割も、コストとベネフィットがあると思いますが、そのあたりをどのようにお考えですか。

立岡:
株式の持ち合い関係が崩れてきて、投資家が企業への投資について、より資本効率を求めるというような環境に変わってきています。したがって、企業側にとっても、そのような要求に応えていかなければいけないというプレッシャーが高まってくる。そのプレッシャーが、結果として企業のガバナンスにプラスに働きます。

そこで問題は、よく言われることですが、投資家は事業をどの程度のタームで見るかという点です。タームを短期で見るか長期で見るかという点については事業体によって全然違うわけです。サイクルが非常に早いビジネス、3年とか5年ぐらいで勝負というところは、そのサイクルで見てもいいかもしれない。他方、もっと長いタームで取り組まないと、持続的な発展がない分野もある。たとえば、電力やエネルギーの分野などは、投資のリードタイムは長いわけですし、また、消費材などは商品サイクルは早いけれど、地球環境問題を考えた時に、実施すべき課題は5年、10年、15年、20年と、いろいろなオプションをどう処理していくかということがあるので、サイクルは長くなるわけです。この部分を、投資家がどのように受け止� �られるのか、または、受け止められないのかという問題があるので、現実的には、悩ましいところだといえます。

宮島:
これは、これまでもあった議論ですが、どのくらいの期間で投資利益を回収したいかという機関投資家の事業への期間認識は、他の事業法人に比べれば短い。この認識は、「近視眼的」と言われることがある。いわば、機関投資家が入ってくることのコスト面です。

一方で、機関投資家が入ってくることのベネフィット面というのは、企業に対して、プレッシャーを与え、企業が持つポテンシャルに見合ったところまで、収益性を高めるという効果もあるということです。機関投資家は、企業やその企業の事業内容を的確にモニタリングして、その企業が持っているポテンシャルどおりに、収益を上げているかどうかを判断して、収益が上がっていないときには、売却や議決権行使などのアクションを起こす。つまり、機関投資家が入ってくるということには、理論的にはコストとベネフィットがあるわけです。


どのように観念セッション

そこで問題は、この2面性から現在をいかに評価するかということです。過去10年間については、株式の持ち合いのコストが目立ち、その一方で、機関投資家のベネフィット面が発揮された。だからこそ、株式の持ち合い関係が解消されていき、機関投資家の保有比率が上昇しているという評価ができそうです。しかし、現局面については、機関投資家の保有比率が上昇する中で、機関投資家の影響力が強まったことのコスト面をもう一度考えるような局面に来たという認識をするのか、もしくは、まだ十分に機関投資家が入ってくることのベネフィット面が発揮されていないから、機関投資家の保有比率の上昇をさらに促すべきなのか。もちろん、業種にもよると思いますが、そのあたりの認識はどうですか。

立岡:
まさに、ご指摘のとおりです。その企業が置かれた状態によって、事業のリターンをどのように考えるかということが違うから、一概には言えないと思います。ただ、機関投資家の保有比率の上昇が深刻なコストを生じさせているかというと、そこまでは、まだ来ていないと思います。しかし、近年の歴史を振り返ると、ある一定の状態から制度を変えようというときに、たとえば、90年代は米国モデル一辺倒になって、それがどこで止まるのかよく分からないまま進んでいったところがあります。

宮島先生がおっしゃったとおり、そろそろ機関投資家が入ってくることのコスト面というものを視野に置きながら、市場や企業を取り巻く環境の状況がどのようになっているのかということに、問題意識を持って点検するようなステージに入ってきている気がします。

「株式持ち合い」復活の動きをどう捉えるか

宮島:
この問題との関連で、細かい問題が2点あります。1つは、1990年代後半から株式の持ち合い関係が解消されてきましたが、ここ1〜2年で復活の動きがある。典型的には、新日鉄グループが3社で持ち合いを強化しているといった動きです。これをどう見るか。株式の持ち合いのコスト面は、市場からの規律が効かなくなるということです。このコスト面を考えれば、株式の持ち合い関係の復活というのは、好ましくないというのが1つの見方です。その一方で、今、産業によっては、市場からの圧力が強まりすぎていて、そのために、長期的な経営を浸食しているような側面があるため、株式の持ち合いの復活の動きは合理的な対応で、経済全体に対する大きな非効率は生み出さないという見方もあると思います。どのようにお考えになります� ��。

立岡:
これは、株式の持ち合いの定義自体に関連してくると思います。たとえば、A社とB社が株を持ち合っているという状態について、戦略的な意図を持っている場合と、単に配当のレベルも問わずに、株を持ち合っているという状態とでは意味が違います。ただ、徐々に資本市場からのシグナルや圧力というものが強まってきているので、効率の悪い持ち方をするということは、市場から資金調達をする立場に身を置く以上、もはやできなくなっている。株式を持ち合うにしても、ある種の戦略的意図を持った形でやっていくということになると思うのです。

ただ、市場からの規律が効きすぎる場合、その規律を、若干、緩和するためにバッファとして株式を持つということはあるかもしれない。しかし、それは程度の問題です。仮に株式の持ち合いによって、市場の規律が全く働かなくなってしまうとすれば、それはガバナンスの観点からは問題かもしれない。しかし、資本市場の環境変化により、構造的に市場規律が働くようになってきており、その限りにおいて現状の持ち合いの動きについては、許容される範囲内かと思います。


プロジェクト·スコープ·導入の内容のみが含まれるように

宮島:
かつて、日本で株式の持ち合いが注目されたのは、機関投資家も外国人の保有比率も低かったからです。しかし、現在では、機関投資家や外国人の保有比率がかなり高水準になっている産業で、株式の持ち合いが復活したといわれるような事業法人間の株式保有が増えているわけです。これは、企業の側にとっても、機関投資家の目がありますから、極端に株価が下がっている企業の株式を買えないような状況にあり、そのために、株式を買うことに対して、一定の範囲内合理的な根拠が説明できる企業の株式を買っている。しかも、産業全体として市場圧力が働いているならば、事業法人間での株式の持ち合いが多少増えたとしても、経営の安定性という面でのポジティブな効果が出るけれど、経営の規律が損なわれるという面でのネ� �ティブな効果を、今の状況ではまだ大きく考える必要はないですね。

上場子会社をめぐる究極の利益相反とそのバランス

宮島:
もう1つの問題は、東京証券取引所の上場規則との関連でも議論になりましたが、上場子会社をどのように見るかという問題です。上場子会社が普及してきているプロセスを見ますと、それなりに合理性があったと言える。しかし、最近になって指摘されていることは、親会社がいて、さらに、一般株主がいるので、利益相反の問題がありえるだろうということです。この点については、どのようにお考えですか。100%子会社にするか、完全に親会社が株式を売却して独立するか、すっきりさせるためには、どちらかに決めてくれという意見も出てきています。

立岡:
現在、上場基準の入り口のところでは、利益相反的な部分も含めてある程度見られていると思います。他方、上場後における究極の利益相反は、上場廃止時の少数株主の保護の問題があります。これは、上場子会社の問題でもありますし、MBOにおいても出てくる問題です。

上場子会社が非上場化する際には、情報の非対称性等から、親会社にとって有利な条件での取引が行われるわけで、MBOにおいてもこのような指摘がされています。この点について、どのように利益相反の状態をバランスさせていくか、規律としてどうするかという問題があります。

宮島:
100%子会社化や、あるいは(株)ポッカコーポレーションのようにMBOをしてしまうということも考えられます。さしあたって資金調達の必要性がなくなり、他方、敵対的買収者が現れる可能性もある。現預金の保有が大きいか、土地などの含み資産も多いという企業になると、上場しているのはリスクが高いから、MBOしようということが出てきます。そうすると、企業が社会の公器であることからゴーイングプライベートするわけです。これを、またどう考えるかという問題があると思うのですが。

立岡:
上場企業が一旦非上場化し、事業の再構築を行った上で、再び資本市場に登場するというサイクルは、回りやすいようにしておいたほうが良いと思います。
そのためにも、利益相反の観点からの然るべき規律は必要ということだと思います。

90年代後半以降の商法改正は、何をもたらしたか?

宮島:
次に企業内部の統括構造の問題についてお聞きします。1990年代末から、一連の商法の改正があって、委員会(等)設置会社への移行が可能になった。これを受けて、各企業は、一連の改革を1997年から積み重ねてきました。この間の変化と現状を審議官はどのようにお考えですか。一巡して、ひとあたり改革が終わって、落ち着くところに落ち着いたとお思いでしょうか?


立岡:
現状は、そういうことだと思います。企業経営にガバナンスを効かせていく手法に決め手はなくて、委員会(等)設置会社の話にしても、統括形式の選択肢を増やしていくということだと思います。これを採用したからといって、米国でもすべてのところがうまくいったわけではなく、万能薬というわけではありません。結局、組織の選択肢というものは、状況に応じて使い分けられていくべきであり、議論はいろいろありますが、まずは一段落したことになると思っています。

宮島:
私の研究では(注1)、委員会(等)設置会社に移行した企業は、上場企業でいくと60社弱で、しかもそのうちの20社ぐらいは日立系なので、実際には40社ぐらいです。そういう意味では「変化は小さかったね」という言い方もできますが、法改正がきっかけになって、執行役員制を入れた会社が非常に多かった。トヨタもそうですけれど、上場企業のうちの半分ぐらいは執行役員を入れた。
それと並行して、かつて取締役会の人数を、以前は40人ぐらいであったのを絞って、10人とか15人ぐらいにしている。その意味では、委員会(等)設置会社に移行する企業は少なかったけれども、法改正をきっかけとして、企業の実態的な基盤と外部環境の変化に対応する形で改革が一巡して、落ち着くところに落ち着いたのではないかという感じがします。

インセンティブメカニズムとしての「ストックオプション」制度

宮島:
企業の内部統治に関連するもう1つの論点は、報酬制度を活用したインセンティブメカニズムの設計の問題があると思います。報酬制度を業種や株価に連動させることに、インセンティブメカニズムはどれくらい依存するべきなのか。米国では、最後はエンロン事件に陥りましたけれど、1990年代後半は、株主と経営者の利害の不一致を解決するために、「ストックオプション制度」を大規模に導入し、経営者のやる気を引き上げる仕組みを作ったわけです。それを、日本も導入した。これをどう考えるかという問題です。もちろん、株主と経営者の間が、悪平等になってしまうのも問題です。しかし、ストックオプションのような仕組みが、やる気、あるいは組織の効率性を上げるのに効果があるかというと、日本の場合は、疑問があると いう意見も強いのです。

立岡:
株主の利益と経営陣なり企業の中にいる人の利益を同じ方向に向かせていく上で、ストックオプション制度は、その問題を解決するという意味では1つの手法だと思います。ただ、これもやはり使い方を間違えると非常に振れてしまうわけです。行使の条件設定とか、いろいろなところで適正に管理していかなければいけないと思います。使い方を間違えるとオーバーシュートする危険があると思います。

企業不祥事を回避するために避けられない内部統制管理

宮島:
企業内部の統治問題に関連して、もう一点。日本版サーベンス・オクスリー法(J-SOX法)の導入を受けて、内部統制制度の整備が日本で進展しています。

立岡:
内部統制の制度については、米国でも見直しの議論があるわけです。また、いろいろ詳細を見ていくと、これは、とてもマニュアル化した世界での話ですね。したがって、実際に、それを適用したら、経営自体がよくなるかというと、そういう代物ではなく、事後的に、チェックしていくというところから作られたと思います。この手法というのは、恐らく業務自体がマニュアル化された世界に適した手法だと思います。逆説的に言えば、暗黙知の部分に当てはめていこうとすると、いろいろとぎくしゃくするような側面があるだろうと思います。ただ、その一方で、ガバナンスといっても、業績面のみならず、不祥事を回避するというような面において、きっちりと対応していく必要があると思います。


宮島:
J-SOX法の導入は、不祥事を回避するという意味では避けられない仕組みの導入ということですね。

(前編了)

後編では、最近のM&Aの進展や本年5月1日に解禁された三角合併制度の問題について取り上げます。

編集・構成/宮島英昭(ファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授)
矢尾板俊平(RIETIリサーチアシスタント/中央大学経済研究所準研究員)



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