2012年4月24日火曜日

CIOのコミュニケーション力とリーダーシップ|経営研レポート 2010|NTTデータ経営研究所


 

日本企業の間では、年々、企業の売上に対するIT投資比率が上昇しており、経営に与えるIT投資のインパクトが大きくなっている。しかしながら、IT投資の効果を実感している企業はまだ少ないと言われている(※1)。昨今では、企業におけるERPなどのIT投資が必ずしも効果を上げていないという声も聞くが、まさに、IT投資が無条件に効果(リターン)に直結すると考えるのは安直であると言わざるを得ない。

※1:平野雅章「IT投資で伸びる会社、沈む会社」

システムは、作るだけではなくしっかりと活用をして初めて投資効果が向上する

一定の支出額をもって投資するからには実際に役立つものにする、という視点での「投資効果の最大化」を図っていくことが大切である。

NTTデータおよび当社が体系化した「ITケイパビリティ」の考え方によると、ITの導入によって組織の使命をより効率的に実現するためには、ただ新しい技術を導入するのではなく、組織全体でITビジョンを共有しITの役割に対する理解を深めるコミュニケーション能力や、IT導入に伴うビジネスプロセスの改善能力、IT投資が適正かどうかを見極める能力、さらに、それを牽引するリーダーシップ等、さまざまな能力が必要となってくる(※2)

※2:NTTデータ「デジタルガバメント」

IT活用には特に、トップからのコミュニケーションが有効

当社が2006年12月に実施した「ITケイパビリティに関するアンケート調査」によると、「経営層のメッセージに対するIT部門、ユーザ部門の理解」「システム導入後の変革に関する理解」「経営層からのIT活用の発信」は、導入したシステムの効果的な活用を促し、IT投資効果を高めるために重要な事項であることがわかっている。

本調査では、36項目のITケイパビリティ(能力)について、保持するITケイパビリティの度合いを4段階で聞いている。また、14項目にわたるIT投資効果について実際に得られた効果の度合いを4段階で聞いているが、本分析ではまず、これら14項目にわたるIT投資効果を5つの効果に分類した。


国際市場を促進する方法
(1)   業務効率改善効果
(2)   コスト削減効果
(3)   売上拡大効果
(4)   高付加価値効果
(5)   情報活用効果

そして、それぞれの投資効果が高いグループと低いグループに分け、「どのようなケイパビリティがIT投資効果を後押しするのか」といった観点で、高いグループと低いグループが持つITケイパビリティの差を見たのである。

図表1:IT 投資効果の高低によるIT ケイパビリティの差

出所:NTT データ経営研究所「IT ケイパビリティに関するアンケート調査」

「(5)情報活用効果」を除くすべての効果について、「経営層のメッセージに対するIT部門、ユーザー部門の理解」、「システム導入後の変革に関する理解」、もしくは、「経営層からのIT活用の発信」に関するケイパビリティにおいて、投資効果が高いグループと低いグループの間で大きな差があった(図表1)。

つまり、これらのケイパビリティはIT投資効果を促進するための重要なファクターであり、「経営層からのIT活用の発信」をして、「経営層のメッセージに対するIT部門、ユーザー部門の理解」や、「システム導入後の変革に関する理解」が得られている企業は、IT投資効果が得られやすいのではないかということが示唆されたのである。

また、当社が、CIOを含む役員や情報システム部門の部長・課長クラスを対象に2008年に実施した「CIOカレッジ アンケート調査」によると、「コミュニケーション力」、「リーダーシップ」は、「CIOに最も強く求められる」と広く認識されているスキルであることが明らかになっている(図表2)。


トップE&Cのexecのリスト

図表2:CIOに特に求められるスキル

出所:NTT データ経営研究所「CIO カレッジ アンケート調査」

ただし、前述の「ITケイパビリティ調査」によると、トップメッセージを「わかりやすい形で、頻繁に発信している」とする企業は全体の3.4%に留まっており、実行に移せている企業はまだほんの僅かしかいないのが現状なのである。

企業トップによるコミュニケーションの方法とは

CIOはコミュニケーションやリーダーシップが持つ効果を認識し、自らがどのようなビジョンを持っているのか、そしてどのようにITを使って欲しいのかを、ユーザー部門とのコミュニケーションを通じてしっかりと伝え、理解をしてもらうことが重要である。

では、企業トップによる具体的なメッセージの発信手法としてどのようなやり方があるのであろうか。IT活用が進む企業のCIOのコミュニケーション施策にかかわる成功事例からヒントを得たい。

地道な草の根活動コミュニケーション

システム利用マニュアルのように、形式知化されたものを公開すれば、IT活用度は向上するのであろうか。メッセージ発信の方法として、形式知化されたものを使う企業は多いが、それだけでは利用は進まない。企業におけるIT活用度を向上させるためには、暗黙知に基づいたコミュニケーションも重要であると言われている。

カシオ計算機のCIOである執行役員の矢澤氏は、全社レベルでIT戦略の方向性等の情報を社内共有する方法として、こうした暗黙知コミュニケーションも重要視している。


誰が個人のファイナンシャルプランナーになります

「ふだんからコミュニケーションは取っていますので、大枠の方向性は理解してもらっているのですが、ドキュメント等のかたちで定型化しようとすると、なかなか難しいものがあるのです(※3)」。そして、業務開発部(カシオ計算機におけるIT部門)のスタッフに対して外部研究会への参加を奨励する等して、ITの活用方法について社内のユーザー部門との話し合いを活発に行える風土作りに務めているという(※4)。また、矢澤氏は、ほぼ毎日欠かさず社内ブログを更新しており、時にはお薦めの居酒屋の情報等を交えつつも、ITに関する自らの考えを発信しているという(※5)

トップダウンによる強いメッセージの発信

また、企業トップが積極的に情報を発信し、強いリーダーシップを基に社内の意識改革を進めていくことも、IT導入効果が期待できる手段の一つである。視覚的メディアを通じて、明確にメッセージを発信し成功した事例が資生堂の業務改革である。

資生堂では、2008年に販売・物流と会計の基幹システムを独SAP製品で刷新したが(※6)、利用の普及期に当たっては、ユーザー部門の間で、長年行ってきた自分たちの業務を変えることへの戸惑いや、パッケージで自分たちの業務が成り立つかどうかに関する不安の声が多く聞かれたという。しかし、前田社長らは、利用者は新システムの利用方法を覚えたり、業務プロセスを変えたりする手間がかかるため、「社員に強い納得感を与えるべきだ」と考え、前田社長自らが出演するDVDを通じて改革の目的・ねらいをトップダウンで周知徹底した。それだけではなく、約8,400名を対象に4ヶ月間にわたって100回以上も研修を行い、システム稼働前のユーザー教育を徹底した(※7) 。多くの社員や関係会社の業務に影響を及ぼしたが、こうしたトップからのコミュニケーションのおかげで特に大きな混乱は生じず、この業務改革プロジェクトは大成功を収めたのである。


※6:日経情報ストラテジー「改革ヘッドライン−BPR−資生堂−10万店を結ぶシステム導入」
※7:資生堂「グローバル企業への躍進に向けたITによる業務改革」(ITガバナンス JUASスクエア講演資料)

おわりに

本稿では、情報システムのユーザー企業の社内の目線で、企業トップによるコミュニケーションやリーダーシップがIT投資効果に寄与することを議論してきた。前述の通り、コミュニケーションやリーダーシップが重要だと認識している企業が多いにもかかわらず、効果的にトップメッセージをユーザー部門に伝えることができている企業はまだほんのわずかである。多額の投資に基づいて情報システムを作ったところで、システムができた段階で満足して止まってしまい、肝心のコミュニケーションやリーダーシップが欠如してしまうと、投資効果が大きく薄れ、せっかくの投資が無駄になってしまう恐れがある。

成功してきた企業は、企業トップが「想い」や「情熱」を込めて、明確なビジョンを発信し、ユーザー部門との相互理解を得て進んでいる。

ここでいう企業トップとはまさにCIOを含む企業の経営陣であり、この重要性を認識するだけではなく、確実に行動に移しIT投資効果を向上させていくことは、今後のCIOのミッションにほかならない。本稿で紹介した分析結果や事例は、企業のIT投資効果を最大化させるための鍵になりうるのではないだろうか。



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